ぱんぺろ日誌

気が向いたトキに。なんだかんだと。

永遠のピーター・ラビット

みんなだいすきピーター・ラビットのえほん

これの感想を読書メーターさん

https://i.bookmeter.com/home

で書かせてもらったのだけど、

それがあまりにも雑(いつもか!)なので

すこし、いやかなり? 手をいれてみました

そして感想から、さらにかけはなれてゆきます

ピーター・ラビットだいすき!


 * * *


世界でいちばん有名なうさぎ決戦! は、ミッフィーとピーターでたった今もあらそわれている、といっても過言ではないでしょう

ディック・ブルーナビアトリクス・ポターの描いたどうぶつたちは、うさぎばかりではなく、さまざまなどうぶつたちも負けずおとらずどれもこれも一撃必殺の魅力にあふれていて

その想いはいくらでも語れます!

けれど。ふたりがたくさんえがいてきた主人公たちの代表格となれば、やはりミッフィーとピーターでしょう


*アリス・ファン、またミッフィー&ピーター以外のすべてのうさぎ・ファンの方々には平身低頭、謝罪します。ミッフィー&ピーターの二元表現はこの場の要請ということで何卒おゆるしを・・・・、m(_ _)m*


もちろんボクも、どちらもだいすきです

告白するまでもなく、愛しています

だので


「オレはミッフィーだな。むしろうさこちゃん


「うーん・・・・、ワタシはベンジャミンのパパ!」


など、どちら、と択べるむきには眉につば

(いえモチロン、択ぶの普通にアリですヨ)

(ボクはうさこばあちゃん・ナトキン派だし)

(つーかベンジャミン氏とかおまえMか?)

こんな、痛々しい妄想ばかり


とまれ。ながく古典として人気を二分してきたミッフィーとピーター二羽のうさぎ

そこに割っている新世代のリサとガスパール、こいつらもうさぎか?

否。なぜなら本人たちが、違うよちがうと強弁するからです

ならばムーミンも、カバでない?

ムーミンの、みずからをムーミンだと言い張るすがたはこの上なくかわゆい

こんな、◯◯がみずからの◯◯を否定し△△となれる

「わたしムーミンはただムーミントロールであって、けっしてカバではありません!」論をすこしおしひろげれば

きっと誰もがなににだって成れる未来はすぐそこだ

いつからだって、それからだって、誰もが成れる、たらればの魔法をつかって、花屋や詐欺師や釘師にだ。鳥にも猿にも亀にもだ

そうしてボクはボクでもキミでもなくなって、鵺になれるかもしれない

山上にすむ鬼になれるかもしれない

やがて、冷えつづけるまくろい星雲といっしょにも


この、なににでも成れる魔法

これって、子どもがおとなの階段をのぼっているうち、つい、つい、どこかにおき忘れてしまうものだそうですね

子どもがおとなになるにつれ、

おべんきょうやおしごと、

お金や服装、車や宝石などに気がいって、

恋や怒りにいそがしくするうち、

夢は映画や雑誌でみるようになって、

そうして、じぶんがなににでもなれたことを忘れてつくるおとなの世界は、きっと毎日たいくつで

だからリサとカスパーはうさぎかと問われれば、どうしても否だ


 * * *


さて

ボクがはじめて知ったパイは、紅茶といっしょに、小学三年ころだったろう、山崎製パンのりんごパイだった

(紅茶はもちろん、リプトンのティー・パック)

それまでパイなんて見たことも聞いたこともなかった田舎で、ピーター・ラビットをいろどるうさぎパイとヤマザキりんごパイとを、おなじ『パイ』でむすびつけることなどできなくて当然というものだ

うさぎ料理といえばおみそ汁くらいだったから

「『うさぎのパイ』ってなに!」

親もとうぜん説明などできず、わたしはそれをおもちゃかなにか。もしくはうさぎのしっぽだか干した猿の手のようなものかしらん、と、いったん想像し、それからすぐに『うさぎパイ』の存在を忘れていたのだ

それが小学五年の三学期から、ごみごみした都会へ引っこしてきて、ミスター・ドーナツではじめてミート・パイを食べたトキ(サクサクの生地につつまれたミートソースのうまさ!)に、あゝ、ピーターのおとうさんで作ったうさぎのパイって、こーいう食いものだったんだ!

という驚愕の事実の前に、かわいらしいえほんにだって、しっかりとほんとうのことが描かれてあったことをおもいだし、ボクはまたビアトリクスの作品を読むようになった


幼児期はおきに入りのらくがき帳として、やや長じてからは摸写対象として散々開いてきたが、おとなになって読みかえしてもいまだに面白い

ビアトリクスのやさしく、あたたかいまなざしは、彼女の偉大さの一端ではあるが、子どもの頃から尊敬してきた、きびしくするどい写実的な作画は、ながいあいだあこがれだった、かけがえのないえほんたち

ほんとうにうつくしいものが、どういったものであるのか

ただのファンタジーではない、いのちどうしの係りの中でもとくにたいせつな、食べる、生きる。といった本質が見えにくい現代において、その根本をわかり易く、そして強くおしえてくれます

また、人と人との関わりも、どうぶつたちのものがたりに置きかえ丁寧に諧謔されていて、

単に食べるが、生きる、だけでない、

いのちあるものへの慈しみ、

それらすべてが、ビアトリクスの、やわらかくあたたかい、福音のような感性と、冷徹、ともいえる観察眼にささえられたことばと作画でつむがれる


ひさしぶり読みかえしたが、やはり全作が名作です

読めば、常にあたらしい